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飯島愛さんがクリスマスイブに遺体となって発見され新聞等において「孤独死」と表現されていたが、人が死ぬ時はどうであれ孤独なものではないだろうか。例え多くの仲間に囲まれていようが、意識が遠のいていくなかで、「俺一人逝くのか」とやっぱり孤独だろう。死とはそもそも孤独なものに違いない。私も多くの仲間を山で失ってきた。昨年のエベレストでは山頂直下で彼が息を引き取るのを見届けた。埋葬する余裕もなく顔に一握りの雪をかけるのが精いっぱいだった。それから一人下山を開始するのだが、生き残るほうも、先に逝くほうもきっと同じ種類の孤独感だったのだろう。
仕事がら死について考えることも多いが、自身が逝く時は誰一人いない高原のような場所でスッと消えたいと思う。そしてなんかの時に「ああ、あんな奴いたなぁ~」と噂されれば、それでいいんじゃないかと思います。
アルピニスト・野口健のブログ - 今年も残りわずか やっぱりヒマラヤに行くことに (via deductivehappiness)